続・Puppet Show ー 内省日没地区。とある往復書簡。ー

 持つべきものは友人とよく言ったもの。先日アップした記事を友人にシェアしたら、ありえないほど素敵な文章が送られてきたので、今回はそれを原文そのままアップしてみます。真摯に記事を読んでくれた友人に感謝すると共に何よりこの麗しき魂の共鳴をもたらしてくれたPlastic Treeには頭が上がらない想いです。音楽は人と人とを、日常的なコミュニケーションとは異なる形で繋ぐ媒体でもあるんだなあなんて思いながら、本日煙草をふかしておりました。それでは、早速。

 

 

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『Puppet Show / Plastic Tree - 膨張する音楽堂』を読んで


 終わりよければすべてよし。人生の最期に観た景色や最期にした話によっては、それまでの人生がいかに悲惨なものであったとしても、多少は浮かばれることもあるだろう。創作物において、登場人物が笑顔で逝く場面はわかりやすい名シーンだ。


 では走馬灯はどうであろうか。死を受け入れた内省である。自らの生命が今まさに尽きようとしている、その瞬間に見ることが許される一回きりのやわらかな灯り。現実の景色や会話と違って場面を切り取るという点で、これは幻想的でありながら恣意的なものでもあるかもしれない。


 では rarukazu 氏はなぜ「寂しくも愛おしい、あまりに美しい走馬灯」を『puppet show』に見てしまうのだろうか。これを考えるために、『puppet show』の一部楽曲について氏の示したポイントとともにみていこう。


 「May Day」に関して、「歪む心臓 手の中の蝶 七歳の午後」と氏が引用した通り、これは幼き日々の回想である。ただ他のみんなはどこか別の場所にいるらしい。孤独で考えながら狂いそうになり、「だんだん壊れ始めてまた戻るんだ」と日常的でありながら病的な次の曲「リセット」に続く。「幻燈機械」は「何からはじめてみる?今日はそうだな誰と上手く話そう」と氏が引用した通り、前向きな曲かと思いきや、続く「薄暗くなりだせば、きっと僕を迎えにくるはず」が示す通り受け身である。「僕」の側に居てくれる「君」もまた映し出された亡霊なのだろうか。薄暗くなりだせば幻燈は強くなると思ったら、居なくなる「君」は空想でしかないのだろうか。舞曲であるポルカが遠くから聴こえる、「僕」は華やかな場所、みんなの居る場所から離れている。しかし誰も迎えにはこない。誰かが連れ出してくれることを期待しながら一歩も動けずにいる「僕」は何と孤独だろうか。そうして傷つくことを恐れるあまり、投げやりになった『「ぬけがら」』へと続く。氏が衝撃を受けた「3 月 5 日。」に関しては後で述べるとして、本作は内面に変化が現れた「サーカス」で終わる。氏が「窓の外に目を向ける意思を示す」と述べているように、あくまで意思の発現であり、行動に移すまでには至っていない。また当楽曲はこれまでの曲といくつかのモチーフを共有している。セルロイド、奇形のロバ、ブランコである。愚か者・怠け者の象徴であるロバと子どもの象徴であるブランコからは、自虐的なニュアンスが伝わってくる。


 走馬灯という単語から連想される物語がある。アンデルセン作の童話『マッチ売りの少女』である。雪の降る大晦日の夜、裸足の少女は街行く人にマッチを売る。買ってくれる者はなく、家にも帰れない。空腹と寒さが襲うなか、少女はマッチに火を点ける。あったかいストーブや、ガチョウの丸焼き、大きくてきれいなクリスマスツリー。そして愛してくれたおばあさん。マッチが照らす光のなかに浮かぶ幸せな光景。翌朝少女は冷たくなった状態で発見される。



 この悲しい物語と「3 月 5 日。」との間には、共通する点が存在する。それは「おめでたい日の前日」という設定である。『マッチ売りの少女』は新年を迎える前に力尽きる。一方楽曲は氏によれば『ボーカル竜太朗の誕生日の前日を指すタイトルに導かれるのは仮タイトル「遺書」と呼ばれるだけある、余りに痛切な孤独の独白』である。手紙を書けた「3 月 5 日。」では滔々と歌う部分が多く、決して浮かれていない。


 以上を踏まえて本作に関してまとめてみよう。本作を貫くのは孤独と回帰である。みんな居なくなる。僕だけ一人。日の光は等しく降り注ぎ、時間は過ぎ去る。僕は変わらないまま。孤独に苛まれ、狂いそうになる。いざ狂っても狂いきれないなら正気に戻るほかない。こうした一連の流れが作品を形作っているように思われる。氏が本作全体を通して「一人っきりの世界は円環する」と評したのは、輪廻転生に通ずるように思われる。また氏が「走馬灯を見せるこのアルバムは、きっと私を殺してくれるだろう。何回でも死ねばいい。ここに来れば何度でも死ねる」と述べていることを考えれば、仮死状態を味わうことができる作品といえる。別の言い方をすれば、死んでしまう前のセーブスポットと考えることもできる。少しでもずれてしまえばそのまま消えてしまう危うさがありながら、やわらかな灯りを向けられていると聴く者は感じるのだろう。「寂しくも愛おしい、あまりに美しい走馬灯」を本作に見出した氏の心の豊かさに脱帽である。


 最後に、表題について述べたい。表題である『puppet show』は日本語で「人形劇」を意味する。人形劇であるのだから、当然人形を操る存在がある。「僕」が人形であるのなら、意思疎通が図れない「君」は神なのだろうか。そうだとすれば、繰り返される理不尽との闘いのなかで疲弊し、責任の所在を自分の外に求めようとする歌詞にも合点がいく。ここでキーワードのように登場した「セルロイド」が思い出される。セルロイドはその用途として、セルロイド人形が有名である。セルロイド製の「僕」は、その可塑性で歪んでしまった。しかし同時に可塑性ゆえに変わることもできるのだろう。そして「サーカス」に出てくる「セルロイドで出来た君の抜け殻」は、「君」という存在を気にしなくなったことを表しているのかもしれないと思ったけど、もうわかんなくなっちゃった。おわり。

 

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 いかがでしたでしょうか。すごいでしょ?羨ましいでしょ?え?自慢ですけど!!!!なにか!!!!

 改めて友人にありがとう。今度の旅行楽しみだね!!!!

Puppet Show / Plastic Tree

※注意。今回の記事はいつも以上にナルシズム全開!要注意!!!

 

日本のオルタナティブロックバンドの1998年作。

 

走馬灯。死の間際にみるという人生のパノラマ。あなただけが知っている一大絵巻。あなたはどんな走馬灯を見るだろう。自分の人生の最期に何を見ることを期待するだろうか。

勝利の瞬間。大切な人たちと共有した時間。忘れられない想い人。でも、私たちの人生には、そんな輝かしい記憶と対照的な、他者には解きほぐせない哀しみに満ちた孤独も幾つもあったことだろう。空気の澱んだ部屋の中でただ何かに怯え、耐え忍びんでいたひとりの時間、街灯を頼りに闇に沈む街をあてもなく彷徨った寂しい夜に、社会化される前の幼い頃、訳もなく朧げにでも確かに寂しかった記憶だとか。少なくとも私にはそんな時間がたくさんあって、私はきっと最期にそんな瞬間を思い出すことになる。

今、このアルバムを聴きながら、そんな哀しい走馬灯あるいは哀しい人生を少し肯定してあげてもいいのかなと思っている。Plastic Treeの「Puppet Show」は寂しくも愛おしい、あまりに美しい走馬灯を私に見せる、奇妙な人形劇である。

 

歌詞をいくつか引用してみる。

「歪む心臓 手の中の蝶 七歳の午後」

「希望的観測しかない僕に朝の光がほら降り注ぐ」

「幻灯機械のせいで部屋は亡霊だらけだ だから僕もここにいよう」

「何からはじめてみる?今日はそうだな誰と上手く話そう」

「夏の日の僕らは淡い光の希望の中にずっと置き去りだった憂鬱を溶かして歩いていた」

「水たまりに映る顔は冷たい雨でぐしゃぐしゃにちぎていってただの色に変わりだしたよ」

「寒くない冬がくれば 僕の街にサーカスがくる」

 

本作を聴く度私は、心の奥底にそっとしまったはずのひとりぼっちの思い出が部屋中に溢れかえっているのを目撃する。今では骨董品と化しつつある、フィルムタイプの映写機が、カラカラ音を立てながら、私だけの私を黄ばんだ壁面に写していく。窓の外での出来事はだんだん遠のき、寂しささえも鈍くなり、ただただぼんやりと映し出されるひとりぼっちの過去を眺める。

 

このアルバムの何が走馬灯のようなものを見せるのだろう。事務所に裏切られ、バンドの存続すら怪しかった当時の彼らを取り巻く状況がそうさせたのか、サウンドやボーカルは全編通して非常に切迫した空気を纏う。それでいて迫り来る不条理や運命に抗えずに、遠い目でそれを眺めているかのような不思議な穏やかさ、温かさも感じさせる。あまりにショックな出来事に直面した人間がそれを漠然と受け入れるしかできなくなるのと似た感覚。今の私にはそれは「死」の感覚に限りなく近いように思えてならない。

 

「悲しみも寂しさも消えるから 居場所なんかもういらない」

 

はじめて本作を聴いた時、「3月5日。」の歌詞を読んだ時の衝撃は今でも忘れられない。ボーカル竜太朗の誕生日の前日を指すタイトルに導かれるのは、仮タイトル「遺書」の名に相応しい余りに痛切な孤独の独白。愛されたり、愛したり。ないがしろにされたり、尊重されたり。傷ついたり、傷つけたり。その度に醜く軋む心の忙しなさに疲れたんだよね、きっと。

一人は嫌だ、なんで僕だけを置いていくの、こんな思いするくらいなら一人でいたかった。でも永遠に続くと思われた悲しみも寂しさもやがて消えていく。かなしみしか今の僕の心を形作るものはないのに。かなしみまで拭ってしまったら今の僕には何もないのに。もう疲れたよね。居場所なんか要らない。「ここ」にずっといたい。

そんな閉ざした想いを、有村竜太朗は手紙に書く。でも気付いて。手紙は誰かに読んで欲しいから書くんだよ。

 

最後の曲「サーカス」で、はじめて「僕」は窓の外に目を向ける意思を示す。

「僕だけの方法で祈り始めたら いつか窓の外は変わりだすかな」

50分弱の内省の果て、僅かばかりの光の方へと伸ばした手も、指先から枯れて萎れていくかのようにアウトロはか細く、一曲目のインストと地続きのムードを醸しながら、ひとりぼっちの世界は円環する。

 

でも、私はこれを絶望だと思わない。何度もひとりぼっちの走馬灯を眺め、怒り、喜び、諦め、涙しているうちに、少しずつ部屋の外に出るための強さが自分の中で育っていくように感じられてならない。

それでだめだったらその時はまた「ここ」に戻ってくればいい。本作はずっとこの部屋で待っている。変わるのは私だけで、音楽はあの日のまま変わらない。何回でもひとりぼっちになればいい。

それでいい。死の間際に見るのが走馬灯であるなら、走馬灯を見せるこのアルバムは、きっと私を殺してくれるのだろう。何回でも死ねばいい。ここに来れば何度でも死ねるから。

 

Plastic treeは今年、結成25年を迎える。死に限りなく近いどこか、瀬戸際で切実な想いを歌っていたバンドが、ここまで長くその命を繋ぎ止めることになるとは。傷つきやすい少年は立ち尽くしたまま寂しい唄を唄い続け、流れる涙は強靭な根を張り、やがて本当に「枯れない木」と化すのかもしれない。なら私も、まだもう少し生きて、唄っていたいと思う。

 

2022年間ベスト

歳をとったなあという実感と同時に若くありたい、まだ青春は終わっちゃいねえという気持ちが強くなってくるお年頃、花盛り24歳な私ですが、久々に年間ベスト記事やっていきたいと思います。最近、音楽ってのは聴いてた当時の記憶を記録する媒体のようだなあとも思いまして、今年は各作品の短評にその作品に纏わる私のごく個人的な記憶を挟みながら綴っていけたらいいななんて思います。以下13作品、音楽的私小説

 

13位. In These TImes / マカヤ・マクレイブン

 

In These Times

In These Times

  • マカヤ・マクレイヴン
  • ジャズ
  • ¥1528

鬼のように緻密な音響処理を施されたモダンジャズ。あまりにも聴き心地がいい。極めて構築的でありながら、一方で生き物のような肉体的な快楽性がダイレクトに伝わってくる作品で、もう大好き。インストオンリーのジャズって言うととっつきにくいイメージがやはりあるけど、これはメロディアスで纏っている空気感がクールすぎるから絶対誰でも聴きやすいので是非にお手に取ってほしいなという気持ちですね。

書いてる今、訳あって私は祖母の家にいるんだけども、田舎に一人で暮らす祖母の生活の静謐さと美しさを40年間染み込ませ続けたこの家に、モダンでオールディーズなこの音楽が合わないわけもなく、一人で大変エモくなっております。できるだけ帰ってくるようにするよ。

 

12位. Beautiful Distorsion / The Gathering

 

Beautiful Distortion

Beautiful Distortion

  • The Gathering
  • ロック
  • ¥1222

本作品について、ギャザリングのメンバーが近年顕わになってきている社会や世界の「歪み」に気を取られて見つけることが難しくなっているものを表現したいという旨の発言をしていたことが強く印象に残っています。それはずばり「美しさ」。綺麗な景色を見たり、美声を聴いた際に湧き上がる、現実からふと浮遊するような感覚。ただ「美しい」としか言いようのないジャンルレスな音の洪水が本作には収められています。当初、彼らがゴシックメタルバンドであったと本作だけを聴いて想像するのは中々難しいけど、それは彼らはジャンルに従事しているわけではなく、音楽に従事しているということの裏付けなんだと思う。枯葉の落ちる音も聞こえてきそうな、静謐で統制された美。

今年のゴールデンウィークにこの作品をよく聴いていました。社会人になったばかり、見ず知らずの土地で文字通り心をすり減らしていた私に、大丈夫、あなたは美しいものを知っているからと、声を掛けてくれたのはこのアルバムだったように思うのだ。大丈夫大丈夫と何度も自分に言い聞かせていたあの頃。

 

11位. Based On A feeling / Sabrina Claudio

 

Based On A Feeling

Based On A Feeling

  • Sabrina Claudio
  • R&B/ソウル
  • ¥1069

むせかえるほどの湿度をもったR&Bポップスの一枚。サウンドや声の濃密すぎる質感はまさしく官能の美。カッコつけずに言えばえっちなんですよね。彼女の官能趣味は音楽だけでなく、そのアートワークなどにもよく表れていて、部屋に飾っておきたい一品すぎて好きすぎる。

個人的な考えですが、性にまつわる表現が持つ強烈な魅力は、そもそも生殖に発端する性の本質が、生きることへの希求と切っても切り離せないことに由来するように感じています。だから私はもっともっと強烈な官能を表現して欲しいなって思ったりするんですよ。生きることの切実さは生きる勇気にもなる。R18濃密版。

 

10位.  Woe / An Abstract Illusion

 

Woe

Woe

  • An Abstract Illusion
  • メタル
  • ¥1935

7部から成る1曲60分の悲惨のタペストリー。苦しみの激痛を、狭間に訪れる寂寥の感性を、何もかもを振り切らんばかりに疾走するやけくそさを、どろっどろによーく煮込んだ、アトモスフェリックデスメタル。複雑に入り組んだ構成ながらも、アトモスフェリック、時にアンビエントな音響、巧みなインタールード処理によって聴きにくさはあまりないです。(当社比!)

やはり私にとって今年は働き始めたことが大きなトピックなんだけど、労働で精神的に疲弊した時って、繊細で集中力を求められるような作品が頭に入ってこないんですよ。そんな時にメタルの肉体性故の即効性にはかなり救われて、中でも少し知的な構築性のある叙情メタルはよく効きました。その中で際立って好きだったのがこれ。

 

9位. Cool It Down / Yeah Yeah Yeahs

 

ヒーローの帰還。ゼロ年代のアートパンク界のカリスマ、KarenOの魅力については語るべくもなく、帰ってきてくれてありがとうしかない。全体的にミドル~スローテンポ、グラマラスな装飾を纏ったシンセポップという感じだけど、個人的にはタイトル通りクールダウンしていく感覚と高揚する感覚が併存している感じが堪らなく好き。「Spitting Off the  Edge of the World」は彼女たちの新しいアンセムと言えるのではないでしょうか。思えば何かを成し遂げた時、やり終えた時、焼失の感情と共にこのアルバムをよく聴いていた気がする。私を無敵にしてくれる音楽が私は好きだ。

 

8位. 言葉のない夜に / 優河

 

Wordless Nights

Wordless Nights

  • 優河
  • J-Pop
  • ¥2241

音楽が埋めてくれる夜の時間はどこまでも優しい。素朴なフォークが楽曲の骨格ですが、耳を惹くのは、音響処理の緻密性。奥行きのある、立体的なサウンドデザインは、平坦になりがちなフォークの聴かせどころを強調し、または楽曲間の繋ぎを円滑にし、この上ない没入感を生んでいます。全方位から私を感動させてくれる素晴らしい一枚。知らず知らずのうちにスピンしがちでした。

このアルバムは夏頃初めて聴きました。その頃は本当に生活が辛くて、眠れない日が続いていました。学生時代に求められる能力とは全く異なる能力を求められるなかで、自信はなくなり、人間関係の円滑さも失われて、気付けば何をすれば自分が喜ぶことができるのか、笑うことができるのか分からなくなった。うちの会社では、夏に連休が取れる制度があるんだけど、折角の連休なのに心が全然休まらなくて、仕事の憂鬱な感覚だけが頭を占めていました。ちょっとした休暇中の出来事も、仕事での感情と結びついてしまって、喜びにならない。心が迷子になる、負のスパイラルに落ちていってしまうあの感じ。連休は全然楽しめなくて、楽しめない自分が嫌で、その時見た心療内科の待合室の様子だけが、脳裏に刻み込まれています。

 

7位.Highlight / 蒼山幸子

 

Highlight

Highlight

ねごとのボーカリストによるソロ作。シティポップ的なチルアウト感覚と四打ち主体の縦ノリの高揚のミックス。かわいらしくも足場の強固さを感じさせる声に乗っかる、耳馴染はいいけど嫌味なくフックの効いた歌詞がぐさぐささってくる。いや、もう完璧なポップスなんですよ!

社会人1年目であると同時に、最後の学生生活を過ごすことになった2022年でもあるわけですが、卒業後に学生時代の思い出や青春の感触とどう付き合っていけばいいのかってのをすごく感じた年でもありました。上手くいかない新生活の一方で、苦々しくも輝かしい学生時代の自分との乖離に苦しんだ。年末を迎えた今でも答えは全然わからず。要はモラトリアムですが、もうやけくそで、学生バリのオールナイトを身体に鞭打って重ねながら後悔ばかりしてたんだけど、そんな夜明け時に見る朝日ってもう、いつもの井の頭公園で見上げる星空ってもう、食いきれない牛丼ってもう、神秘なんですよ。そんな時よく聴いてました。なんの話だこれ。

 

6位. Beatopia / ビーバドゥービー

 

Beatopia

Beatopia

90年代オルタナティブロックが好きで、胸キュンドリームポップも好きで、キュートだけどかっけえものが好物なんだから、嫌いなわけがないよね!!今年イチのアンセムTalk」をはじめ彼女の世界を強烈に提示して見せた傑作です。

今年は1年半ぐらい一緒にいた恋人と別れた年でもありまして、今になって思えば別れて正解だったなあと思うんだけど、別れたばかりの時は涙ってこんなに出るんだってくらいには泣いたし、職場でも泣いたし、思い返して苛立ったり、自分を責めてみたりもするんだけど、そういうのぜーんぶひっくるめて良い出会いだったなって思うんだよね。全然アルバムかんけいねえじゃねえか!「lovesong」聴くとこんな感じで自意識だだもれしますのである意味要注意。

 

5位. PHALARIS / DIR EN GREY

 

PHALARIS

PHALARIS

「憂いを貪り食う自覚の虜」というのはこのアルバムの歌詩の引用になります。私は心配事があって夜眠れない時に、自分の葬式の様子を想像してしまうことがある。この人泣いてるな、この人気まずそうだななどと想像し、騒がしかった心が静けさを取り返していく。なんやねんこの生活。ああでもこれって、この歌詩に重なるなって。。。

上記の海外メタル勢にも呼応するように、しかしそれとは一線を画しながら、DIR EN GREYは苦悩を、悲しみを、痛みを歌い続けてしました。生きなくてはならない。なぜ。生きたくない。私は最早人間ではないのか。そんな悲しすぎる禅問答を京は叫び続けてきました。そこに痛みがあるから、それを叫ぶ。その表現の動機は決して健康的なものではないかもしれませんが、この時代に求められている、カタルシスを間違いなく燃え滾らせています。「あと何年ですか まだ生きるんですか」

 

4位. for you who are the wronged / キャサリン・ジョセフ

 

for you who are the wronged

for you who are the wronged

  • キャサリン・ジョセフ
  • シンガーソングライター
  • ¥1375

今回のラインナップの中でも私らしいというか、好みど真ん中ストレートな作品。もうタイトルから良すぎるって!!極めて少ない音数と囁くような歌唱が強調するのは、沈黙した空間。同時に彼女の歌声は、見てはいけないものを見てしまう時のような、畏怖の感情を喚起する。

冬のある週、東京から静岡への帰路、大規模遅延した新幹線の影響を被って、3時間ほどホームに至る階段に座り込んだあの晩。町はクリスマスの様相の華やかさと、遅延による苛立ちと、年末特有のエモーショナルさとを湛えて佇み、私はと言うと騒音の中でこそ感じる孤独の感性を刺激したくてこのアルバムをスピン。はじめの一音でただでさえ低い気温は下がり切り、ガタガタ震えながら、その甘美さにわななく変態は私でした!暗黒音楽オブザイヤー。

 

3位. Close / Messa

 

Close

Close

  • Messa
  • メタル
  • ¥1528

イタリア産ドュームメタル。地中海の伝統音楽を果敢に取り入れ、幽玄な世界に深みを与えています。思い出すのは、長距離移動。今年から静岡に住むようになったのですが、友人の多くは東京にいるため、結構な頻度で東京と静岡を行き来する生活だったんで、今年は長距離移動の機会が多かったんですよね。そういう時、小旅行の感覚の時に聴いては、織り込まれている表現の豊かさに感服してばかりだったのがこの一枚。アンサンブルの強固だから長時間の視聴に耐え得る聴き心地の良さがあり、かつ、上記の通り伝統楽器まで取り入れた無国籍な作風のもたらす独特なトリップ感がベストマッチでした。基本私は旅行ってあまり好きじゃないんですけど、もしかって旅って楽しい?2023年は挑戦してみようかなと思います。

 

2位. phenomenon / white lung

 

カナダのパンクバンド最終作。にして最高傑作。纏わりつく煩悩を吹き飛ばすノイジーサイケデリック・ギターサウンドを、激情高速ビートに乗っけて、ポップなメロディーを潤滑油にすりゃあ、もう負けるわけねえ。

私、メンタル不調や失恋だなんだで、今年の後半の生活のテーマは「そういったものを振り切っていく圧倒的なパワー」だったんですよね。生気を失くしたどろどろの心が、身体の内側にへばりついて、その重みで身動きが取れなくなった時に力をくれる音楽って、迷いを断ち切る勇気を与えてくれる音楽で、俺にとってはそんなんパンクしかあり得ねえだろというわけで、泣き笑いで伝えたいです。ありがとう。走り切るやつはかっこいい。

 

1位. Flood / Stella Donnelly

 

Flood

Flood

ギターメインで作曲された楽曲で構成された前作と打って変わって、ピアノを相棒に制作されたという本作。その結果は果たして、彼女の持つ魔法のような陽性のピュアネスを何重にも深めて、広げることに成功。全体のほとんどの曲はミドルからスローテンポの曲で占めらているのも、作曲楽器が変わった影響でしょうが、心の機微を(決してしみったれることなく)丁寧に歌い拾うような彼女のスタイルに良く合っている。また、アレンジや音響の作り込みは必要程度で決して過剰にならず、かといって簡素でローファイ強めの方向に行くわけでもない、絶妙な匙加減の作り込みが、本当の意味での飾らない魅力というかをプッシュしているように感じました。

正直これまでだったら、私はこのアルバムを1位に選出することなかったんだろうけど、上につらつら書いた色んな出来事や経験がもたらした変化によってか、悲喜交々すべてのかけがえないものをかけがえなく感じ取ることに強く価値を感じて、このアルバムを1位にするしかないなと今回記事を執筆するにあたって思いました。雁字搦めになって見失っていた、素直な心が見えてくる感覚がこのアルバムにはあります。ステラの陽光たる歌声は宝物のように私の心に居座ることでしょう。きっといい明日が来るって感覚をくれたアルバムを最後に紹介出来て、私は嬉しいです。

 

聴いている音楽の断片集めて何やら文章を的な記事1

 垂らした前髪あげてワックスで固めてみたりとか、鏡やカメラに向き合うとか、敬語をお勉強するとか、そんな機会が生活の中に増えた。と同時にこれまで漠然と存在していた不安が、言語化できるレベルに解像度を増して目の前に迫ってきているように思う。ま、そんな日々でも不安そっちのけでのらりくらりしていたいから、今日もスタバきてよく分からんコーヒーを勧められるがまま購入し、音楽聴いているわけなんですけど、今のテンションで自分がどんな音楽に心動かされるのか記録として残しておこうと思う。

 

f:id:rarukazu:20210223134833j:plainAs the Love Continues / Mogwai

 この記事書き始めた時聴いていたのがこれ。Mogwai大先生の新譜。インスト中心のポストロック・インディーロック的オルタナ。基本的にどの曲でもシューゲに接近する超ノイジーなギターとキーボードが哀愁溢れる叙情を奏でていますが、おそらくハードコアに由来するドラムが楽曲の風通しを良くしているような印象。「Dry Fantasy」とか言いつつ、かなりwetな感情に塗れていますね。一人カフェで聴くと心地よいナルシシズムに溺れていけます。彼らの過去作品には触れたことがないので、今作がどういう位置づけなのか(聴きやすい方のアルバムなのかとか)良く分かりませんが、どの曲も主旋律が割とハッキリとしているので、私みたいな初心者にも優しい。それにしてもコーヒーは美味いし、隣の受験生は頑張っている。

 

f:id:rarukazu:20210223140033j:plainいいんじゃない/PSG

これはアルバムじゃなくて曲ですね。昨日ですね、聴いたのは。美容室に行く予定があって吉祥寺へお出かけ。随分予約した時間まで余裕があったから、ゆっくり歩いていたのですが、どこで間違ったか、進んでも進んでも目的の美容室が現れない。結局通りを一本間違えており、着いたのは時間ギリギリ。吉祥寺、というか東京の街々、建物の密集しすぎでどの通りも同じに見えるんだよな。何度も通った道なのに、shit!な俺とか心の中で自分に悪態をついて、BADに入っていたらアイフォンが気を利かして流してくれた曲がこれなのである。アイフォン、出来るやつだ。こんな感じでもいいんじゃない、とか気分良く入店した。美容師さんとの会話が盛り上がったのも、この精神のお陰、だったり。それと美容師さん、いつもありがとう。中村倫也に会えるといいですね。

 

f:id:rarukazu:20210223143409j:plain

GOLD・勿忘/Awesome city club

 オーサムについては何年か前のビバラで観ていて、毒にも薬にもならねえポップスや、とか思っていたんですが、知らない間に人気者になっておられて。この間観た「花束みたいな恋をした」で青髪の彼女が登場していたり、楽曲が使用されたりと盛り沢山にフィーチャーされているのを観て、この度改めて聴いてみているわけです。arcade fire風味な牧歌的なメロが素敵な「GOLD」に心惹かれました。彼らの「クセのなさ」が良い風に表れた曲かと思います。一方で彼らの弱点に個人的に思うのもこの「クセのなさ」で、正直彼らの最も個性的な部分てボーカルの彼女の青髪なのでは、と思ってしまう。まあ、「クセのなさ」ってのはマスにアプローチする際には結構重要で、結果彼らの楽曲は現在幅広く支持されているのかと思いますし、ポップスとしてある意味正しい姿なのかもしれない。

 それにしてもいいメロディ書きますよね勿忘、とか電車で聴いてたら色々昔のこと思い出して泣きそうでしたもん。髭男などポップに振り切れたバンドや音楽的潮流を正確に察知しているであろう計算高さは感じられますが(穿ちすぎですね、すみません)、なんにせよいい曲だ。程よくお洒落で、都会的で、俺の今住む東京とかいう街のロケーションに良く合うなあ。

 

 さて、恒例の自意識過剰自分語りタイムです。街には色んな大学生がいて、色んな生活をそれぞれ送っているわけですが、その多様な生活の素敵な一瞬が一つの作品に「」と、パッケージングされてそれに思わず自分が感動したとします。普段はこんなクソみたいな大学生活とか思っていても、そういう作品に触れた時、ああ、十分に俺も大学生だったんだなって肯定的な気持ちになる。ある作品に自分の生活を重ねられる、というのはある作品の射程する「生活の中の素敵な一瞬」に俺の生活が含まれているということで、俺の生活も例外なく大学生の生活だったんだな、となるわけです。個性やクセのあるニッチな作品も好きですが、こういう「」にパッケージングする大衆作品というのも、自分の生活の不甲斐なさを受容できない人にとって、くそみたいな自分の生活を、例え雑な同一視と言われても、多くの人の生活と大差ないのだという形で肯定させてくれる点で意味を持ち、作品の好みとか置いといてこういう気持ちにさせてくれる大衆作品が俺は好きです。

 「勿忘」にせよ、「花束みたいな恋をした」にせよ、俺にとっちゃそんな作品であるのでござる。さて、今日も敢えて終電逃しでもするか。

 

 

 

 

 

トロイメライ / Plastic tree

 

2002年作。遊園地なのに陰鬱な影のかかるジャケットがとても象徴的ですね。幸福の象徴のような場所、人が人らしく笑い合う場所に自分もいるはずなのに、視界に靄がかかり前がよく見えないし、気分も晴れない。だんだん周囲の声が遠くなり、、「不安定 不安定 考えるのも嫌だ」(「理科室」より)。一人の世界に閉じこもる僕は自閉気味。そんな音世界が繰り広げられる名盤。

ボーカル有村竜太朗のパフォーマンスを見ていると、ステージ上にいるはずなのに心ここにあらずな印象を受けるときがあります。彼が何を見ているのか、目で追い、考えていくうちに、気づくと彼の幻想世界の中に入り込んで出られなくなってしまっている。plastic treeは彼の文学的素養を活かした卓一した歌詞、不安定な歌唱、シューゲイズされた轟音、全ての要素が密接に絡み合って私たちを夢幻の世界へ招待してくれるようなバンドだと私は感じています。

 

本作ではcoaltar of the deepersnarasakiさんの手が加わり、前作までと比べて、ギターがかなり分厚い作りになりました。シューゲイザーでありながらメタリックなディーパーズ譲りの轟音がとても気持ちよく、新鮮な魅力を放っています。「グライダー」「散リユク僕ラ」等シンプルにロックとしてカッコいい。現代に至るまでのプラらしい音像がここで完成したように思います。メロディはより親しみやすさを湛え、歌詞は以前よりも現実的な情景を描き出す。冒頭「理科室」で描かれるのは学校での一コマ。現役の学生というよりは卒業して随分経ち、夢うつつに思い出した情景とでもいうような。「理科室で外を眺めていた グラウンドは誰もいないや 僕はただ火をつける真似 灰にするそっと全部」(「理科室」より)。あのころのちょっぴり陰鬱な空気。下手したらトラウマにもなりかねない記憶を、プラは優しく溶かして料理してくれるから、私たちの心をつかんで離さない。麻酔中毒の海月たち。でもこのようにしてしか弱い弱い私たちは痛みを受け入れることが出来ない。

音楽鑑賞が性体験に重ねられることが度々あるように思いますが、私はプラの音楽でよくそんな気分になります。「なんとなく 浮かんでいるような そんな気分 まるでグライダー」(「グライダー」より)。私が現実逃避的に性や音楽に逃げるからなのでしょうか。私の中の性体験は彼らの音楽に近い、舌触り。「センチメンタル感じながら―――そっちまで行くから」(「グライダー」より)。そして、「離れていく僕の後ろには悲しみが小さくなっていく」(「プラットホーム」より)。何もかも忘れてしまえばいい―――。快楽に身を委ねる。

その世界では痛みも遠く、雨すら優しい。本作で描かれるのは幻想的ながらも現実と地続きな情景です。プラットホーム、理科室、雨の日、、。その何気ない情景に込められたちょっとした陰鬱で湿っぽい空気を少し楽しく揺らしてくれる。「絶え間なく降り注いだ 僕が雨ニ唄エバ はしゃいでいる目の前が全部ぼやけていく」(「雨ニ唄エバ」より)

 

 

トロイメライ

トロイメライ

  • アーティスト:Plastic Tree
  • 発売日: 2002/09/21
  • メディア: CD
 

 

2020 Best part2 Tokyo

東京という街。日本という国。希望はどこにある――ここにある。ということで年間ベストpart2は邦楽中心の東京を思わせるアルバムたちをセレクト。少々自分語りが過ぎますがお許しを...

 

9.The sofakingdom / PUNPEE

 

The Sofakingdom - EP

The Sofakingdom - EP

  • PUNPEE
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥1222

 

 東京のラッパーのEP。すっかりポップスターなPUNPEEは安心して聴ける高品質な品をまた出してきました。完全に私情なのですが、割とコロナ禍で参っているタイミングでこれを聴いて、実家のような安心感を感じてほろりとしてしまったんですよね。その意味でこの作品は私の今年の安定剤だった。ヒップホップが大好きな友人との共通項としてPUNPEEは機能して、PUNPEEを結節点に色んな話に花を咲かせたのもいい思い出。

 

8. ねえみんな大好きだよ / 銀杏ボーイズ

 

 

 ストレートでポップで、なんというか規格外な感じは正直薄れたように感じましたが、それを補って余るほどの純粋な曲の良さに打たれました。青春パンクに始まり、ノイジーで強烈な前作を経て、メンバーを全て失った今、銀杏は峯田のライフワークなのかと思います。ある人の人生そのものが芸術となり得る稀有なアーティストとして今自分は銀杏ボーイズ及び峯田和伸を見ています。よく言われる言説ながら、彼の人生に同時代において触れることが出来ることが嬉しい。

 

7.THE PARK / 赤い公園

 

THE PARK

THE PARK

 

 丁度新ボーカル石野が加入してすぐ、私はビバラにて彼女たちを見て、その純粋に音楽を楽しむ姿に魅了されました。本作は新メンバーでの最初のアルバム。綺麗に新生赤い公園をパッケージングした纏まった作品ながら、本作の発するポジティブなイメージは強固。円熟した変態じみた演奏に乗る初々しさ残るボーカル、それらが合わさった時に表出するみずみずしさにいたく感動しました。バンマス津野の亡き今もそのみずみずしさは本物だったと信じています。彼女たちは確かに生きたバンドだった。「yumeututu」はまだ続いている。

 

6.極彩色の祝祭 / ROTH BART BARON

 

 

 ベタでも連帯を真摯に歌う歌には、どうあがいても抗えない良さがある。勿論今年の情勢相まってのことではあるのですが、それを差し引いてもあまりに感動的な仕上がり。「あなたの声を忘れないように」。bon lverらしさを強めながらも歌物として隙のない丁寧な造りが幾たびの鑑賞にも耐え得る強さを放っているように思います。

 

5.worst / KOHH

 

Worst

Worst

  • KOHH
  • ヒップホップ
  • ¥2444

 

 去り際の美学。これまでもKOHHは自身の信条・心情を明け透けに語るスタイルで孤高の地位を気づいてきました。そのさらけ出し方はこちら側が痛さを感じてしまうほどで、その真摯な叫びは強烈だった。最終作たる本作では甘い恋愛詩や親への感謝などが語られながら、自身を嘘つきだと断罪する一面を見せるなど、より身近にKOHHを感じさせる内容。これまでのKOHH作品を聴き続けた身として、紆余曲折の末彼がたどり着いた場所がここかという感慨がある。変わらないように見えて変わっていく人生を最低だと吐き捨てながら、ごめんねありがとうと囁く。ごめんね、ありがとう。許し許され、何はともあれ生きていく。

 

4.POWER / 羊文学

 

POWERS

POWERS

  • 羊文学
  • ロック
  • ¥2139

 

 東京のロックバンドメジャーファースト。インディーズの頃の思わず冷っとするような視線の純粋な鋭さが大分薄れ、温かい表現が増えましたね。音としてはより簡素な3ピースオルタナサウンドになり、正直もっと音楽的冒険をして欲しい気持ちもあるのだが、全編聴いたら納得せざるを得ない完成度。「聴く人のお守りになってくれたら」という言葉の通り、多くの若者にとって「お守りに」なってくれそうな作品。簡素で饒舌すぎない表現が聴き手に創造の余地を与え、音楽を「聴き手のもの」にしやすくなっているような心地。これを師走に出すのだから、いやでも今年も生き延びたことに感謝せざるを得ない。

 

3.アダンの風 / 青葉市子

 

 

 童謡のよう。大人になって久しぶりに児童書を開いたり、童謡を聴いたりすると、子供の頃は何も感じなかった作り手の大人の想いやメッセージが透けて見えて、時にほっこりし、時に戦慄する。少し、怖い感じがする。この作品を聴いた時の私の気持ちもそのようなもので、こころが否応なく揺さぶられてしまった。勿論これは童謡ではないが、青葉市子の歌声は私を幼子にしてしまうように、なすすべなく私を揺さぶる。揺りかごのなか、胎内回帰の倒錯に触れた。

 

2.MISC. / DIMLIM

 

MISC.

MISC.

  • DIMLIM
  • ロック
  • ¥2444

 

 「変化を進化と呼べない愚かな者たちよ」。けんか腰だ。それでも、私たちを振り切ろうとして変化しているわけではないのでしょう。自身の為に、表現したい欲動の為に変化せざるを得ない。DIR EN GREYの憧憬からマスロックへの接近。V系×マスロックというコラボが、新たな地平を切り開いてくれました。こういう切実な変化から私は目が離せない質なのだと改めて感じました。彼らはより広い海に船出しようとしている。その先にあるのは侵略ではなく、きっと更なる自身の変化になるだろうと予感させるからこそ、彼らの変化は進化なのだ。

 

1.狂 / GEZAN

 

狂(KLUE)

狂(KLUE)

  • GEZAN
  • ワールド
  • ¥2037

 

 2020を代表する一枚。個に帰り、考えろとひたすら集団に流されることを拒否するかのような思想は過激にも映りますが、2020という時代に必要とされる真の力なのかもしれません。「幸せになる、それがレベルだよ」に行き着くまでのアルバムの流れに彼らが闘い続けてきた道程を感じ取り、思わず涙が流れてしまいます。勿論「GEZANを殺せ」の言葉通り彼らの言葉を鵜呑みにするのとも違う。私たちはGEZANと対決することになる。私の場合その対決は今日を生きる勇気になった、とだけ言っておきましょう。

2020 best part1 Darkness and ....

闇と血に塗れた胡蝶花咲き乱れし時代と2020を振り返って思うものがどれほどいるかはさておき、確かに2020年にそういう側面があったことを否定することは出来ないだろう。パンデミック、相次ぐ自死、国内外分断…。2020に限ったトピックでは決してないが、2020において認識を新たに、反省する必要があったトピックである。そんなシビアな現実の傍ら、闇と血とその先の光とを切実に響かせる音楽は相も変わらず美しく鳴り響いていた。あなたを何処までも一人にする音楽たち。その一端をここに記す。

8. 第七作品集 / downy

 

 

 メインコンポ―サーを失い、期待半分、聴くのが怖い気持ち半分で聴いてみた本作ですが、そんな心配いらずの快作。downyは変わらずdownyでした。ポストロックを基調に緻密に構築された、実験とポップネスの融合というdownyらしさを丁寧にパッケージングしつつ、衰えぬクリエイティビティに今後の作品も楽しみになるような作品です。

7.WE ARE CHAOS / マリリンマンソン

 

WE ARE CHAOS

WE ARE CHAOS

 

 聴いてまず思い浮かぶのが、古き良きグラムロック。このグラムロック感は新鮮でありながら、よくよく振り返ってみればマンソン御大の奏でて来た音やパフォーマンスはショービジネスに開かれたこてこてのロックという意味でずっとグラムロックであったと言えるように思えます。つまり今作はマンソンをマンソンたら占める矜持を煮詰めた快作だと言えるのではないでしょうか。

6.Folkesange / Myrkur

 

Folkesange

Folkesange

  • Myrkur
  • ワールド
  • ¥1528

 

 北欧ゴシックメタルの印象が強かった彼女ですが、本作ではケルトフォーク。MVを見れば分かる通りゴシックらしさはしっかり押さえつつ神聖でメロディアスな名曲の連続に慟哭を禁じ得ない。FF等のゲーム音楽やアニメーションの血が強く流れている日本人の琴線にしっかり触れてくる一枚。「リゼロ」とかで流れてそうですよね。

5.Flowers of Evil / Ulver

 

Flowers of Evil

Flowers of Evil

  • Ulver
  • ポップ
  • ¥1528

 

 こちらもドゥームなメタルを主軸とするバンドが転身して見せた一枚。哀愁の香ばしいエレポップが色んな所をそそります。セピア色の辛い思い出が一枚の写真のように思い浮かび、憎しみ哀しみ恨みでそれらを塗りつぶしていく聴き心地で聴き終わるころにはあなたもきっと惡の華

4.ABRACADABRA / BUCK-TICK

 

Abracadabra

Abracadabra

 

 群馬の大御所。膨大なディスコグラフィを持つ彼らですが、その中でも快活さに貫かれた作品。「極東より愛をこめて」の頃を思い出します。中でも先行配信された「ユリイカ」は初期のビートロック路線を彷彿とさせる。しかし、常に時代と向き合い闇を潜り抜けて来た者の歌う「LOVE&PEACE」は一味違う。憂鬱を吹き飛ばす血肉漲る一枚。

3.Miss Anthropocene / Grimes

 

Miss Anthropocene

Miss Anthropocene

  • Grimes
  • エレクトロニック
  • ¥1528
Miss Anthropocene (Deluxe Edition)

Miss Anthropocene (Deluxe Edition)

  • Grimes
  • エレクトロニック
  • ¥1528

 

 アメリカのサブカル少女ことGRIMES嬢。一時のハイプ感を終え、一層のダークネスを持って帰ってきました。チープで味のあるエレポップなのですが、ねねちゃんよろしくぬいぐるみを藁人形にするかのような怨念がましさが堪らないし、一筋「delete foever」のような曲を入れてくるあたり、オタク心理を分かっておる。今後を感じさせるとか諸々は一旦おいておいて、ありがとう、GRIMES。

2.Punisher / フィービーブリジャーズ

 

Punisher

Punisher

 

 ポップスの中に堂々とかつさりげなく入れ込まれたゴシックエッセンスは、ビリーアイリッシュを思い起こさせます。軽やかに、しっとりとした肌触りのこもった音質に牧歌的で自由なメロディが美しい。しかし彼女は「I KNOW THE END」なわけで、恐らく込めている情念は戸川純にも匹敵する重量かと。2020を語る上で外せない名盤。

1.Never Let Me Go -ep- / Ghostly kisses

 

Never Let Me Go - EP

Never Let Me Go - EP

  • Ghostly Kisses
  • ポップ
  • ¥917

 

 普段あれこれ厭らしく作品にケチをつけて分析しているけど、大好きな声に好みのメロディが乗っているだけで十分に思ってしまうことってありませんか。カナダのシンガーソングライターのEP。北国ならではの凍えるほどの寂寥感と近い冬明けを思わせる穏やかな光。最後の曲「STAY」で歌われる素朴で切実な想いに胸を打たれながら、今日も吐く息白く、家路につこう。